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| ・なでしこサロン−参加費400円(登喜子さんの美味しい食事付) |
| ・ボール体操−参加費500円 |
| ・なでしこコ−ヒ−1杯50円 |
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| 月 |
火 |
水 |
木 |
金 |
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| 1 |
| ボール体操 |
| 10時〜11時30分 |
| 角 美紀子先生 |
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| 2 |
石粉粘土教室
壁掛け人形 |
| 10時〜12時 |
| 吉田 英子先生 |
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| 8 |
| ボール体操 |
| 10時〜11時30分 |
| 角 美紀子先生 |
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| 15 |
| ボール体操 |
| 10時〜11時30分 |
| 角 美紀子先生 |
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| 16 |
| うたいましょう! |
| 10時〜12時 |
| 内田 順子先生 |
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| 21 |
| 10時〜14時 |
美晴ちゃんの
コーヒーサロン |
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| 22 |
| ボール体操 |
| 10時〜11時30分 |
| 角 美紀子先生 |
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| 31 |
| 10時〜14時 |
美晴ちゃんの
コーヒーサロン |
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1回目9月26日(火)
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認知症ってなあに?
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三善病院院長 松井隆明先生 |
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2回目10月10日(火)
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認知症の方への接し方
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看護士 |
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3回目10月17日(火)
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活用できる社会資原
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保健士
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なでしこでは、「認知症になっても住み慣れたこの地域で暮らしましょう!」を目指しています。
だから認知症になっている人も、もうすぐなりそうな人も,認知症の方のお世話をしようと思う人も、みんなでお話を聞いて、なでしこ流「よかよかサロン」をつくりましょう。
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なでしこでは、余命宣告をうけた父親に、「住みなれた自宅で最期を迎えさせてあげたい」と決意された、ある家族を支えて、ともに在宅ターミナルケアーに取り組むことになりました。
どんな問題が起こり、どう乗り越えてゆかなければならないか予想も付きませんが、なでしこの理念である、『この地域でささえあってくらしましょう』の実現のために一緒に勉強しながら、進んで行きたいと思います。
そこで長男の嫁の後藤さんに、様々な事柄を率直に報告していただくことにしました。
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『やっぱ、ここがいちばんよか!』 =在宅ターミナルケアーの記録 vol.3= 後藤 礼
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退院後二日ほどは、気が張っていたのか、すこぶる元気でしたが、3日目になると、喉の奥がゴロゴロいって、血痰がどっと出て、あわててしまいました。
肺からの喀血は真っ赤で、ギョとします。
何より本人は、いちいちティッシュを広げて確認するので、そのたびに、不安になって、力がいっぺんに落ちてゆくようです。回診の時、止血剤を処方してくれました。
2日ほどするとそれが効いてきたらしく、鮮血はほとんど診られなくなり、3日目の朝、うすぐろいものが少し混じっていたのを最期に、全く血痰はみられなくなりました。
退院の翌日はお風呂に入りたいと言ったので、主人が一緒に入りました。「あ〜。狭くてもこの風呂が1番たい」とてもご満悦でした。その二日後からはヘルパーさんに入れてもらうようになりました。汗をかきやすいので、頻繁に電子レンジで暖めたタオルで、頭や身体を拭いてもらいます。特に頸の後ろはとても気持よさそうです。
日曜日は土用の丑の日でした。大きなうなぎを二匹、魚屋さんに焼いてもらいました。バスケットの試合から娘達も帰ってきたので、うなぎに私自慢の特性タレをたっぷりかけ、蒲焼丼と、まぐろ、いか、たいなどのお刺身も並べました。わいわいがやがや、あっという間に平らげてしまい、少しばかり懐は寒くなりましたが、心の中はとても満ち足りて、暖かくなりました。
私が結婚して十数年、ほとんど話しをしなかった父は、退院以来、人が変わった様に、よくおしゃべりするようになりました。戦争中満州で父親と死に別れたこと。終戦後引き揚げまで1年余りも、大勢で映画館だったところに、すし詰めにされていたこと。やっとの思いで、母親と姉と親戚の家に身を寄せた事。肩身の狭い暮らしの中で、母親までなくして、13歳から働き出さなくてはならなかったこと。誰も聞いたことのなかった話でした。「やっぱり生きさせてあげたい。この話を思う存分話し終えるまで。いつまでも、いつまでも、生きさせてあげたい」と願わずにはいられませんでした。
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ある日の回診の時、「何か困っていることがありますか?」と聞かれ、「酸素のチューブが短くて。ベランダにいきたいけど、とどかんたい」 「はい、判りました。
明日メーカーに言って、なが〜いのをもって来てもらいましょう」
「なにか心配な事はありませんか?」という問いには、「今日は親分がまだ顔をみせんのやけど、どうかしたっちゃなかろうか」 「親分ですか?」 「そうたい。メガネかけて、毎日来よろうもん」やっと判りました。なでしこの五條堀さんの事でした。「そういや親分やん。そう!そう!」お医者さんも、看護士さんも、ヘルパーさんもみんなで大笑いです。
五條堀さんに電話で伝えると「お父さんはまわりを、若い看護士さんやヘルパーさんに囲まれて、ハーレムの主のようで、私もその妖艶な女性のうちの1人と思いよったのに、自分は親分やったと」と絶句でした。
それでも夕方には父の元に駆けつけてくれて、手をさすりながらまた昔話の続きを聞きだし始めました。
傍目から見ていると、五條堀さんは親分と言われたこと、まんざらでもなさそうでした。それは父が何よりも頼りにしている事を、てれながら表現しているのだ、ということが解っていたからでしょう。( 次回vol.4へつづく)
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